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「おっと、サンタになる最終試験の家はここであってるのか」
地図を何度も見直すがどうにも自信が持てない。
なぜなら俺の持つ地図が非常に簡素で適当な出来だったからだ。
「ちっ、雪まで降ってきたか。ついてないな」
俺は寒さに身体を震わせる。
だが我慢だ。
サンタにさえなっちまえば、寒さなんて気にしなくて済むからな。
カーテンの隙間から部屋の中を確認する。
「コイツは俺へのクリスマスプレゼントか? こりゃ、いきなりツイてるな」
細かいところまでは暗くて確認できないが、女の子がベッドの上で寝ていた。
「この調子で合格といきたいところだな」
後は枕元にこの子の欲しいプレゼントを置くだけだぜ。
とは言ったものの何を置くべきだろうか?
子供に適したプレゼントを置かなければサンタ試験に不合格は必至。
だが、この世界にはセオリーがある。
男の子にはロボット、女の子には人形かぬいぐるみをプレゼントしておけば、かなり手堅い。
「後は窓の鍵なんて開いてたら最高なんだがな……って、マジか!」
信じられないことに窓の鍵が開いていた。なんていう無用心。
ま、今はこの子の無用心に助けられたがな。
俺は目の前で寝ているこの子の無用心さに感謝しながら、早速部屋に侵入させてもらった。
実に少女らしいあちらこちらにぬいぐるみがあるような部屋だった。
「よし、これでプレゼントを枕元に置けば任務完了だな。ちょろい試験だったぜ」
俺はなんでも出てくる無駄にでかくて白い袋に手を突っ込むと、クマのぬいぐるみを取り出し、少女の枕元にそっと添えた。
枕元にぬいぐるみを置いて、俺は一息吐き、少女の方へと再び目をやる。
「これ、ほしくないんだけど、もっとほしいものあるんだけど」
少女の目が開いていた。しかも完全に視線は俺を捉えている。いわゆる一つの捕捉完了ってやつだった。
「へ? もしかして起きてる?」
現実を直視できない俺は、少女の頭を軽くノックしてみる。
「そんなことしなくても、見ればわかると思うんだけど?」
どうやら完全に起きてしまったらしい。
試験において、これが減点になるのは間違いないだろう。
だが、ここは腹をくくって、少女の反応を見た上で最善の対応をするしかない。
「……」
生唾を飲み少女の出方を見守る。
通報しようと電話を取りに行こうとしたら即、この家から脱出するか、何らかの方法を使って少女を寝かせるしかない。
「わー! すごい! すごい!」
ツイてる。サンタに好意的な感情を持ってるタイプの子供だ。こいつはちょろいぜ。
これならごまかす事も容易い。
「だろ、お嬢さんサンタは初めてかい?」
「すごい雪なんだけど!」
少女は窓にかぶりつくと、先程から降り始めた雪に興味津々なご様子だった。
「そっち! こっちに注目して! ほらサンタさんいるよー? ほら、赤いよ、髭も長いよー」
髭は付け髭だけどな。
降り積もりつつある雪に目をキラキラさせている様子を見る限り、傍目から見てもこの少女が健やかで純粋に育ったの事がわかる。
俺は心を撫で下ろした。
「おじさん誰? 怪人クマのぬいぐるみをプレゼントするおじさん?」
「かなり限定的な怪人だな。後、俺おじさんじゃないし、サンタだし」
そう言うと胸元まである白髭をペリペリという音をさせながら取り外す。
「白熊、普通の熊、パンダを各種取り揃えている?」
どうでもいい怪人の話を続けられた……。
「熊以外にも目を向けて!」
「それと髭取ったら余計にサンタじゃなくなるんだけど?」
「はっ、しまった」
おじさんと言われたショックから自然と髭を取ってしまった。
「それにサンタなんて信じてないんだけど、わたし。だってサンタはサタンのアナグラムで、そんなモノがいたら世界が滅亡してしまうから私は信じない」
「随分、健やかに病んでるな!」
だが、減点がある以上、この子が欲しがっている物をピンポイントでプレゼントする必要がある。
「はっはー、覚悟しろよ! お前が泣こうが喚こうが、この俺様がお前の欲しい物をプレゼントしてやるからな! 覚悟しておけ!」
「何もいらないんだけど」
俺の言葉を一蹴。
それは困る。
「俺が試験に落ちてしまうではないか」
「試験って?」
「かくかくじかじかだ」
これまでの経緯を少女に話す。
「つまり見習いサンタさんがサンタさんになるためには、わたしが欲しがってる物をプレゼントしないといけないって事?」
「聡明な幼女だな!」
たったあれだけの話で俺の現状を理解してしまうとは。
「幼女じゃないんだけど」
「名前は?」
「信用できない大人には教えちゃいけないんだけど?」
「聡明な幼女だな!」
「欲しい物なんてないんだけど。だから帰って、どうぞ」
少女は物という言葉を強調している気がする。
確かに部屋を見る限り、割と裕福な家庭ということが想像できた。
「って、やっべ、こんなに話してたらお母さんやお父さんが来ちまう」
夜に自分の子供の部屋から男の声が聞こえてきたら即飛んでくるだろう。
「お父さんもお母さんも朝に帰ってくるんだけど。またすぐに仕事に行くし」
「ふぅ、それなら良かった」
額の汗を袖で拭き取る。
「良くないんだけど」
「ん?」
「良くないことがいっぱいなんだけど」
「同じくだ」
「サンタさんもなの?」
「ああ」
「どんな風に?」
「なりたくもないサンタの試験を受けさせられてる時点で良くない事だな」
「なんでなりたくないサンタさんの試験なんて受けてるの?」
「色々だよ。大人には色々事情があるんだよ」
「子供に夢を与えるのがサンタさんの仕事なのに、そんなこと言っちゃダメなんじゃないかな?」
「馬鹿な、他人に夢なんて与えたら俺の夢が減っちゃうだろ。俺が与えるのは物! 無機質なプレゼントだけ!」
「でもわたし物はいらないんだけど」
「それだと、オレコマル、キミモコマル」
「変な喋り方してもわたしは困らないんだけど?」
「わかった。もう俺サンタを諦める。無理に俺の都合を押し付けるわけにはいかねえからな」
「一度もクリスマスを誰かと一緒に過ごしたことがないんだけど、たまには誰かと過ごしたいんだけど」
かかった。子供はちょろいな。ちょっとこっちが折れる素振りを見せたら食いついてくる。
俺は込み上がってくる笑いを押し殺しながら言葉を吐き出す。
「つまりクリスマスの間、一緒にいてくれってことか?」
「そんなことは言ってないんだけど? でも、いたければいてもいいんだけど、外は寒いだろうし」
ベッドに腰を下ろした俺と幼女は色んなことを話した。
幼女は普段、両親とほとんど会話がないことや友達がいない事を話し、俺は本当はサンタになりたくない事、なんでサンタにならなきゃいけないかを話した。
部屋の時計の針は見る度に、十分刻みでテッペンを目指して進んでいく。
「そろそろだな」
「もう時間?」
「時間制限もそうだが字数制限だな」
「?」
「大人には色んな制限があるんだよ。クリスマスが終わる前にはここから出ていかないと」
少女の部屋の時計に目をやる。
「来年も来てくれる?」
「来年も再来年も来るぜ。お前がサンタを信じなくなるまでな」
「うん」
「サンタは信じる子供の元にだけ現れる事が出来るからな」
「サンタさん……」
「どうした幼女」
「今日サンタさんの夢は減った?」
「減るわけ無いだろ? 上げてもいないのに」
「こんなに話したの初めてだったから、わたしには夢のような時間だったんだけど?」
「よくわからない事を言う幼女だな」
俺は首を一つかしげる。そして、入ってきた窓から外へ出ようと足を窓枠にかける。
「あ、もう一つ」
「なんだ幼女?」
俺は袖を引っ張られる。
「わたしね、わたしの名前、ミキって言うんだけど」
「そうか、じゃあ、ミキ、また来年な。メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「あ、言い忘れたんだけど」
ミキが帰ろうとする俺のサンタ服の裾を小さな手で引っ張る。
「ん、なんだ?」
「子供はちょろいな。ちょっとこっちが折れる素振りを見せたら食いついてくる。みたいな表情やめたほうがいいかも」
「……」
こうして俺とミキの短いクリスマスは終わりを迎えたのだった。
あ、ちなみにサンタ試験には落ちた。
どうやら俺は再試験として来年も見習いサンタとしてミキの元に行くことになるらしい。
俺は少しだけ考えを変えていた。
ちょっとだけ本気でサンタを目指してもいいかも、と。

TAKE!!

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