夜と孤独と。
私が今涙を流しているのは、特に問題じゃない。
というか、これは自然なこと。
涙というものは、時に気持ちとは裏腹にでてくるものだ。
カラオケ店の一室。
流行りの歌が飛び交い、マラカスやタンバリンが忙しなく鳴り響き、友人たちの嬉々とした声がきこえるこの部屋の片隅で私は一人涙を流していた。
声も出さずにひっそりと。そこに、感情はない。
「あ、そろそろ私帰ろうかな。今日は早く帰ってきなさいって言われてるんだよね~」
「えーそうなの?」
「なんか、お姉ちゃんが男連れてきて紹介したいらしくって」
「あぁ、あんたのとこのお姉ちゃんってそろそろ結婚しなきゃヤバいとか言ってたっけ」
「そうそう、だから帰るね」
「あぁ、じゃあウチらも帰ろうよ」
リーダー格の“友人”の一声に、デンモクを手に取っていた子は、苦笑いしてそっと機械をテーブルに置く。
「白石さん。私たち帰るからさ。ここの代金よろしくね」
“友人”の一人が、そう告げると、部屋いっぱいにいた残りの“友人”は、いそいそと自分のカバンを手にとって無言で部屋をあとにする。
私は、独り、予約された曲が響く部屋の隅で、自分の体を抱きしめた。
そしてまた、意味のない、感情のない涙を流す。
―「白石さん」というのは私のこと。
財布を開くと、相変わらず無表情の諭吉の顔がたくさんこちらを見ていた。
一時間ほど経って、支払いを済ませると、私はすっかり夜の街と化した繁華街へ出た。
「いま何時だろう」
時計を見ようと腕を見ると、今朝まであったはずの時計がない。
「そっか……」
また、買わなきゃな。
夜の街に背を向けて、街頭がまばらに照らす住宅街の方へ私は歩みを進めた。
これが私の日常。
変わることはないと、変えることはできないとあきらめていた日常。
自分からは変える気は毛頭ない。
もっと面倒くさいことになりそうだから。
これ以上、煩わしいことは増やしたくない。